SONYのMDウォークマン(リモコンはもちろんジョイスティックで、録音ができるやつ。漢字も表示できた)を買ってもらってからわたしの音楽人生が始まった。
それまでもディスクマンでCD聴いてたけどやっぱり自分で好きな曲まとめたりできるのが大きかったな。
調べたら出てきた。
これのMZ-R50のシルバー!懐かしい!
本体にもくるくるぴっぴのやつついてるいいやつだったんだよなー。
48000円もしたのか……丈夫で長く使ってた。
買うCDを選ぶ基準は、そりゃもうrockin’on JAPANに絶対的な信頼をおいていた。
初めてJAPAN買ったのは1997年10月号。CHARAを浅野忠信が撮った表紙がよくて音楽雑誌とは思わずに買ったのを今でも覚えてる。
難波の高島屋の地下にあった本屋さんで買ったことまで覚えてる。
15歳が信者になるのはあっという間で、地元の本屋さんに定期購読頼んでたな。
JAPANはいまだに捨てられずに家の納屋にある。
実家が引っ越しするとき散々「頼むから捨ててくれ」と言われながら拒み続けた。
thee michelle gun elephantとHi-STANDARDを買ったのは中学2年のとき、いまはでかいドンキホーテになってしまったTSUTAYAレコーズだった。
『High Time』と『AngryFist』買った。
高校に入る前に団地の部屋でスーパーカーの『スリーアウトチェンジ』を聴きながら机を片付けていたのを覚えてる。
高校生になる直前にあのアルバム聴いてたの、いま思うとすごい良いことだったな。
それから中村一義が現れた。
さっきのMDウォークマンのページ見たら発売が1997年10月ってなってて、中村一義の『金字塔』が出たのが1997年6月。『スリーアウトチェンジ』が1998年4月。このへんがターニングポイントっていうやつだったのかな。
椎名林檎とくるりばっかり聴いてた。
いまの子でもJAPAN読んでる子はマイノリティ気分なのかなと思ってサイトみてみたけどいまのJAPANはJAPANというジャンルみたいなのになってるっぽい。
フェスももう当たり前になってるもんな。
ロックインジャパンフェスの第一回目、行きたかったけどお金ないねとかなって行けなくて、後日スペースシャワーTVの放送でリップスライム好きになったんだった。
高校1年生の教室で松崎ナオの『正直な人』聴いてたのも覚えてる。授業中に。
友達とMD作って交換した。
作ってもらったMDにPOT SHOTとロンロンクルー入ってたの忘れられない。
高校卒業したらTSUTAYAで働いて、気になるCD片っ端から借りれて、いい環境だった。
キリンジとキセルとHermannH&ThePacemakersとママスタジヲを知ったのはあの店だった。
ASIAN KUNG-FU GENERATIONを聴き、ロボピッチャーを聴いた。
ずっと音楽とともに生きてきたつもりでいたけど、25歳で娘を産んだらピタッと聴かなくなった。
娘とでかけるときにまさかイヤホンして歩くわけにはいかないし、もともと家ではテレビっ子だから音楽聴かないし、ってしたら聴かなくなった。
いつの間にかそれが普通になって、でもさみしいなあと思って暮らしていた。
『ミュージック・ブレス・ユー!!』を読んでそんなことたちを思い出した。
高校生のときわたしも誰かに話しかけられるまでイヤホンしてた。
今のわたしはひとりででかける時間があって、じゃあまた音楽を聴きながら歩けるじゃないかと思い出した。
ので、今日、音楽を聴きながら歩いてみたらとても楽しかった。
なんだ、できるじゃないかと思った。かんたんじゃないか。
ずっと昔に聴いていたものも、先月発売されたものも聴ける。
高校生の頃のように音楽に助けられることがまだあるのかはわからないけど、なくてもいいし、そんなことどうでもいい。
ただ、これからも音楽を聴けるのが嬉しい。